2013/03/16
鈴木大拙館へいってきました
どうも "金沢だったらほかに寺島蔵人邸もオススメ" rintaroです
3月初旬 岐阜と石川へ旅行にいきました
すぐ忘れてしまうので 覚えているうちに書いておきます
あまりに記憶しないので妹には海馬が死んでいると言われています
検査したほうがいいのだろうか
(じぶんのMRI見てみたいだけ)
金沢の鈴木大拙館にすべて持って行かれたようなものです
タイトルで言いきった
あっちこっち行ったのに鈴木大拙館がズバぬけてかっこよかった
設計は谷口建築設計研究所
気にいったところを列挙します
2013/03/09
【今月の】写真オンリーtumblrつくった【なんとなく】
どうも "つかっているのはGRD3" rintaroです
かなりいまさらですが
コンデジで写真を撮るのがたのしくなってtumblrをつくりました
> hemocamera
こうして並べてみてみるとないつもりで癖がある…
被写体を正面中心にいれて歪みすくなめで撮ろうとしてる写真多い…
水準器が表示されるのでつい水平に撮る写真多い…
写真はまったく勉強したことがなく 本能のまま撮る野生児スタイル
えっと… 最近はちょっとしたコーチがいるので…
多少は狙ったものが撮れるようになるといいなぁとおもう
あと人を撮る時は置きピン+連写設定で待ちかまえるのもアリかなと風呂でおもった
ポーズを取ってもらって撮影するタイプのカメラマンができないので…(照れくさい)
追伸:
わたしの 通常のtumblrはこっち でこれはこれでね
2013/03/03
料理がたのしい
どうも "実家暮らしで体重増加" rintaroです
実家の太らせ力 おそるべしです
料理がすきだ
2012年末から2ヶ月弱ほどの期間
実家を出て生活してみてあらためて気付かされたのですが
料理がすきだ!
すきな理由は以下
キッチンに立って黙々と料理することって癒される… やるべき手順と理屈と結果があってよい…
— ('ω'o[ヤマダ]oさん (@rintaro113) 2013年2月5日
不条理なイベントにあふれたこの現実世界において理屈と結果ががっちりセットになっている営みが癒し以外のなんであろうか…
そしてこの冬の集大成
というほどでもないけど 育てていた芽キャベツを収穫して料理しました
2苗植えて収穫された芽キャベツがこちら
家庭菜園もまた理屈と結果ががっちりタッグを組んでいるっということです
少ししかなかったので野菜炒めとしました
じぶんで育てた愛情があふれて
「小さく少量ながらほのかに苦みのあるおいしい芽キャベツだ…」
とつぶやきながら食べました
休日は料理させてもらえることになった
実家での料理はずっと母(専業主婦)の聖域というか
「遊びじゃないんだよ毎日の料理はよ」
という圧力を感じていたため自主規制していました
が 実家にもどったのをきっかけに料理の許可をもらいました
それで昼飯につくったのが これ
recipe / recipe
あまった枝豆を消費するように言われてつくったのが これ
recipe
そりゃ遊びって言われるよね!
春からは
野菜を育てることが想像以上に簡単で
じぶんで育ててじぶんで料理してじぶんで食べる
というシンプルなことが純粋にたのしかった
また春からはラディッシュでも育てようかなとおもっている
tags:
料理
2013/02/25
2月のこと
どうも "転機の2月でした" rintaroです
じぶんでも驚くくらい暴力的な2月でした
迷わずという訳ではないけど じぶんがやりたいことをやっちゃって
ロックだったとしか言いようがない
ひとつは仕事関係のこと
上手くいかなかったがそんなに後悔はしていない
そりゃ上手くいってほしかった…とはおもっているけど悔いてはいない
あとから思いかえせば反省すべき点はある
心境の変化があってこれで終われなくなってしまったことが最大の誤算です
もうひとつは人間関係のこと
長い間 たくさんの出来事や言葉では表せないような感情も共有した人との関係に終止符を打った
わたしが一方的に決めてしまってから急に宣言したので最後まで勝手だったとおもう
わたしが大学生になってからの付きあいだったので本当に長かった
じぶんで言うのもなんだがわたしが女としてのある程度の自信をじんわりと得てきたのはまぎれもなく彼のおかげだとおもう
いま感謝していると感じるのは(おかしいかもしれないが)
それも含めたいろんな自信をわたしに与えてくれたこと
おそらく逆に彼の自信は最後の最後でわたしが粉々にしただろう
最悪だ
最悪だ
それをおもうとわなわなする
それだけ真剣に人と付き合えたのだ
とかいろいろポジティブな方向で処理しようとはおもっています
それはわたしだけ「いい思い出」として片付けようとしているのも事実だともおもうけど
しようがない
暗いところにいるようなブログになってしまったけど 明るい方を向いてはいます
今週で2月もおわりますね
あっというまだった
tags:
所感
2012/12/27
ホキ美術館にいってきました
どうも "サイクルオペレーション" rintaroです
口座にいれた給料が流れる水のように引落し(クレカ)されています
干上がる資金
溢れるスリル
そんな資金不足のなか、千葉へ行ってきました。


建築系の方々から特別に評判のいいホキ美術館 とても楽しみでした
土気(とけ)駅から歩いて15分くらいだったかな 2キロはない
道中の寒さもさることながら 入館料1,500円も震えた
ギャラリー1
あのよく写真でみるキャンティになっている部分がギャラリー1
踏みこんで右をみるとずらっと絵画
とても長い廊下のような空間で 左右の壁にひたすら絵がかかっている

右の壁は下半分ほどがガラスになっていて廊下に日射しと木の影がおちていた
絵の鑑賞をしようとおもうと邪魔にはならない
公式サイトで宣言している ※1
日射しが暖かく季節を忘れるほど穏やかで集中できる
奥に進むとだんだん廊下が狭まっていて 絵画と距離がつまる
強制的に絵に放り込まれるようだった
それで思いだした「実空間での展示の底力=細部と全体のシームレスさ」
とにかく絵をみるときは 近づいてディティールをみては質感や色をなしている筆致を確かめたり
離れてモチーフや構図の意味を考えたりすることの繰りかえしである
シームレスにディティールと全体を交互に鑑賞できるのは実空間がいまのところ断然良い ※2
実際の空間でみる意味や価値を実感できる空間だった
写実主義の絵について
はっきり言うと「写真でいいじゃん」と思っていて そんなに好きなジャンルではない
なぜ絵で描くのか
それをすこし考えながらみた
基本的には どうやってこんな絵を描くんだ?! 人の技か?! の連続
その中でも山間で光る霧が描かれている絵があって
あ この人はわたしと全く違う密度で霧をみているのだろうな とおもった
ぼんやりと「わー霧が光ってキレー」などと言っていては 何年霧を見つめても光る霧をキャンバスに再現するのは無理
対象が霧やアウトプットが絵画じゃなくても構わないが 密度の違う眼差しを持つというのは第一歩だろうなと
企画展「写実の可能性と大いなる挑戦」
谷川俊太郎を描いた野田弘志氏の作品に寄せられた谷川俊太郎本人のコメントがかっこよかった
(そういえば絵の谷川氏が着ているTシャツは21世紀美術館の図面柄だとおもったのだけどどうだろう)
五味文彦の樹木の絵がとてもよかった!
松田一聡の緻密な線もほれぼれしました
と、まあ絵も楽しんでいた頃。
階段を下り吹き抜けになっているギャラリー6を見終えて振りかえったところ
次の真っ暗なギャラリーが蹴込みが透かしになっている階段から細切れに見える…のがぞくぞくしました
真っ暗になっているギャラリー8に移動すると明るいギャラリー6がまた見えてはっとするくらいよかった ※3
建築自体が 絵を鑑賞するときは白いプレーンな空間として存在するのに対し
空間体験としては多様で飽きない
全体の明暗差や解放感の変化 細部を見ても手摺りはにゅるっとクセがある
とてもたのしかった
写実主義の絵の横でヘタなスケッチをするのは苦行でしたほんと…
また時間のあるときに行きたい
※1 ホキ美術館について より
※2 写真展「日本の美しい景観」展 の大山顕の言葉より
※3 サイトに写真 がありました
口座にいれた給料が流れる水のように引落し(クレカ)されています
干上がる資金
溢れるスリル
そんな資金不足のなか、千葉へ行ってきました。
建築系の方々から特別に評判のいいホキ美術館 とても楽しみでした
土気(とけ)駅から歩いて15分くらいだったかな 2キロはない
道中の寒さもさることながら 入館料1,500円も震えた
ギャラリー1
あのよく写真でみるキャンティになっている部分がギャラリー1
踏みこんで右をみるとずらっと絵画
とても長い廊下のような空間で 左右の壁にひたすら絵がかかっている
右の壁は下半分ほどがガラスになっていて廊下に日射しと木の影がおちていた
絵の鑑賞をしようとおもうと邪魔にはならない
公式サイトで宣言している ※1
昭和の森に隣接した敷地という、自然の一部となれる場所を選び、自然光を展示空間へと導き入れることで森の中を散策しながら絵画を鑑賞しているような状態を作りました。というのはとても快適なかたちで実現されているとおもった
日射しが暖かく季節を忘れるほど穏やかで集中できる
奥に進むとだんだん廊下が狭まっていて 絵画と距離がつまる
強制的に絵に放り込まれるようだった
それで思いだした「実空間での展示の底力=細部と全体のシームレスさ」
とにかく絵をみるときは 近づいてディティールをみては質感や色をなしている筆致を確かめたり
離れてモチーフや構図の意味を考えたりすることの繰りかえしである
シームレスにディティールと全体を交互に鑑賞できるのは実空間がいまのところ断然良い ※2
実際の空間でみる意味や価値を実感できる空間だった
写実主義の絵について
はっきり言うと「写真でいいじゃん」と思っていて そんなに好きなジャンルではない
なぜ絵で描くのか
それをすこし考えながらみた
基本的には どうやってこんな絵を描くんだ?! 人の技か?! の連続
その中でも山間で光る霧が描かれている絵があって
あ この人はわたしと全く違う密度で霧をみているのだろうな とおもった
ぼんやりと「わー霧が光ってキレー」などと言っていては 何年霧を見つめても光る霧をキャンバスに再現するのは無理
対象が霧やアウトプットが絵画じゃなくても構わないが 密度の違う眼差しを持つというのは第一歩だろうなと
企画展「写実の可能性と大いなる挑戦」
谷川俊太郎を描いた野田弘志氏の作品に寄せられた谷川俊太郎本人のコメントがかっこよかった
驚嘆すべき技術によって再現されているがその達成を促した情熱は理性に属していない。絵をみると谷川俊太郎の言いたいことがすごくよく分かる
(そういえば絵の谷川氏が着ているTシャツは21世紀美術館の図面柄だとおもったのだけどどうだろう)
五味文彦の樹木の絵がとてもよかった!
松田一聡の緻密な線もほれぼれしました
と、まあ絵も楽しんでいた頃。
階段を下り吹き抜けになっているギャラリー6を見終えて振りかえったところ
次の真っ暗なギャラリーが蹴込みが透かしになっている階段から細切れに見える…のがぞくぞくしました
真っ暗になっているギャラリー8に移動すると明るいギャラリー6がまた見えてはっとするくらいよかった ※3
建築自体が 絵を鑑賞するときは白いプレーンな空間として存在するのに対し
空間体験としては多様で飽きない
全体の明暗差や解放感の変化 細部を見ても手摺りはにゅるっとクセがある
とてもたのしかった
写実主義の絵の横でヘタなスケッチをするのは苦行でしたほんと…
また時間のあるときに行きたい
※1 ホキ美術館について より
※2 写真展「日本の美しい景観」展 の大山顕の言葉より
※3 サイトに写真 がありました



