どうも "昨日ホルモンから帰ってきたらドーナツぽい甘い匂いがすると母に言われた" rintaroです
わたしは何をたべていたのでしょう…
11月9日の「原っぱと鉄の浮遊する粒子」というタイトルの
青木野枝さんと青木淳さんのレクチャーへいってきたのでその感想文です
感想。のまえに
ツイートしてしまったのだけど
しかし青木野枝さんと青木淳さんの講演会はおもしろかった 感覚的にこたえる野枝さんの表現は生身の人間らしさがあり分かったような気にならずもやもやのまま共有でき生で会う価値を感じた 対して整理された言葉で意図や印象を語る淳さんはいわゆる建築家らしい伝えるための創造性を感じた
— ('ω'o[ヤマダ]oさん (@rintaro113) 11月 9, 2012
なんにせよ(無意識にしても)反する語り方と異なる分野のふたりに共通するようなアプローチや美学について語らせる五十嵐太郎さんの進行も巧みであったなぁとおもう 企画の性格の関係かマイルドな内容だった
— ('ω'o[ヤマダ]oさん (@rintaro113) 11月 9, 2012
以上が わたしの感想ですで 建築系後輩やツイッターでみかけた建築系学生さんの感想をあわせてみると
野枝さんの話し方は分かりにくくて淳さんは分かりやすくてすげえ!!だったみたい
なんつーか…
もったいなくね??っておもって
おまえらこれからも分かりやすい話ばっか「いいね!」していくつもりかよと
そうじゃねぇだろと
分かりやすいってのは分かった気になってるだけかもしれないぞって注意深くなる 現実にわたしに「分かる」ことがどれだけあるだろ わたしはじぶんの知覚をそんなに信じてない
— ('ω'o[ヤマダ]oさん (@rintaro113) 11月 9, 2012
レクチャーで分からないことやもやもやしたことが残ってもいいとおもうんですよむしろ分からないことを共有できる機会ってなかなかなくないか??
もやもやしてるから共有するのがむずかしいんだよ
そういうのは本とかネット越しになっていたらできない
わざわざ顔あわせてミーティングしたりするのはそういう部分も共有する必要があるからやってんだろ??
だからこそわたしは野枝さんの内容はナマで会ってこそだったと言おう
人々は理解したいんじゃないの。理解した気になりたいの。だからわかりやすくしてほしいの。ほしいものをくれる人のことを「あたまいい」とか言うの、軸が無い人は。
— マルコさん (@marco11) 5月 18, 2008
ふたりが似ているなとおもったこと
さてやっと講演会の内容について
まずふたりに共通しているとおもったところ
ふたりとも何かをじぶん以外に預けるところに似たものをかんじるかな… 淳さんは恣意性を排除するために野枝さんはそもそもできない範囲の結果は予想しない人という印象だった
— ('ω'o[ヤマダ]oさん (@rintaro113) 11月 9, 2012
野枝さんの話は実際の彫刻やドローイングと照合しながら聞くと一貫していてわかりにくいところはなかったともいえる
ここからは分からないとしている/じぶんの手から離す という線があることを話してくれていた
ここが淳さんと似ているっぽいとかんじたところで
淳さんも じぶんの手から離す という手法を用いている
淳さんの場合は「デザインしていないようなデザイン」を実現するためにだったけど…
野枝さんが青森県立美術館を「振りむいたときに大丈夫」な空間だったと表現したのはそこに起因するのではないか
淳さんが極力建築家の恣意性を排除した結果
人がつくったモノだという嫌味を感じさせなかったからではないだろうか
建築とアートのコラボによる実作と手法
実際にふたりによるコラボというか実作( Maison AoAo )が紹介されたのだけども
その実作自体よりこういう手法や何を良しとするか判断基準に関係性がうまれていることのほうがおもしろい
技術で自由を獲る
野枝さんが鉄の彫刻は誰でもできることで工芸品らしさがないところがすきだと話していて
子供を対象としたワークショップをするらしい
個人的な偏見でわるいけどわたしは「子供向けワークショップ」アレルギーで
「子供の自由な発想うんぬん」などと言われているとおもうと
むっしょーにぞっとする
ので わりと渋い顔をして話を聞いていたとおもう
が 野枝さんがなにを考えてワークショップをされているかというと
技術で自由を獲ることができるから技術を教えたい(意訳)
だったので興味をひかれた
この自由を獲るというのは
(想像なのですが… たとえば…)
子供が家に帰ってみても親がいないひとりの時間
やっぱさみしくなってきちゃう
そこで 絵が描けたら
さみしい世界からすこし自由になれるんじゃないかって
そういう話だったのかなぁ…
ここのところをもうすこし聞いてみればよかったというのが後悔で
あいちトリエンナーレのプレイベントとして非常によい内容だったとおもいます
企画に携わってくださっている方に感謝